『あなたの場合』の見つけ方

情報が溢れ、錯綜する今の世の中で、私たちが知りたいのは「私はどうなの?」「私の場合はどうすればいいの?」ということに尽きると思います。心と体のモヤモヤが晴れない人、同じところをグルグル回っている人、八方塞がりのように感じている方のお役に立てたらうれしいです。

分離した頭と体

昨日、体は自然界の方に属している

と書きました。

 

現代の私たちは、頭と体が完全に分離して

しまっています。

 

今はTVやネットを見ればありとあらゆる

健康(病気)に関する情報が溢れていますし、

患者さんたちを見ていても、まあ皆さん知識の

豊富なこと!

 

何でも知りたいと思うことは人間の性であり

もちろん素晴らしいことですが、

私は1つだけ、皆さんに言っていることがあります。

 

一度よくよく振り返って下さい、

その集めた知識があなたにとって具体的に

何の役に立っていますか、と。

 

どんなにたくさんの知識を集めても、

知識の断片を寄せ集めただけでは

人間の体を語ることはできません。

 

このあたりがいわゆる専門家と言われる人との違いになると

思います。

 

それに自分の症状についてよく勉強する人ほど治りが

よくないという事実があります。

 

現代の私たちは頭で「○○がいい」「こうしたらいい」

と考えて様々な手を打ちますが、かえって治癒の邪魔を

していることの方が多いように思います。

 

そもそも『治す』という表現が違うのです。

 

治すという場合、「誰が」という主語が必要になりますよね。

 

そうすると何となく無意識に「私が」となるのです。

※この場合の「私」は頭(エゴ)のことです。

あるいは人によっては「医者が」とか「治療家が」

となることもあるかもしれません。

 

正確に言うと、治すのではなく『治る』のです。

 

この大きな違いが伝わるでしょうか。

 

私たちは花が咲く瞬間を肉眼で見ることはできませんよね。

 

同じく、手足の擦り傷がキレイに治っていく過程も

肉眼で見ることができません。

 

話が少し脱線しますが、

小さい頃、ダルマさんが転んだという遊びをされた

ことが一度や二度あると思います。

 

あれと同じで、観察者が焦点を当てる(鬼の役が振り向く)

と、対象者の動きは止まります。

そして、対象者が動くのは必ず観察者が見ていない時です。

 

治癒は私たちが意識の焦点を当てていない時に起こります。

 

気づいたら良くなっていた、ということです。

 

このあたりは願望実現の話でもよく言われていますね。

 

思いを握りしめていないで、一度手放す。

そうするといつの間にか叶っている..

 

体の場合、ただ放っておいてもそのうちよくなることもあります

が、慢性の場合、繰り返す場合はどうしてそうなるのか

を意識に上げて腑に落とす必要があります。

 

昨日も書きましたが、人それぞれ理由が異なるので、

外側を探してもわかりません。

 

私の治療を受けてくださる方には直接ピンポイントで

その方の場合についてお話することができます。

 

実際、体の症状は心に起因することが多いです。

 

ただ、このブログを立ち上げようと思った理由の1つでも

あるのですが、体の治療だと皆さん気持良くてふんわりと

されていて、心の話が2の次になりがちなので、治療でなく

最初から心の話で「自分の場合」を知りたい方もみていきたい

と思うようになりました。

 

体の症状が特にない方もまったく大丈夫です☆

同じようにわかります。

 

私がなぜ色々わかるようになったのか、また追って

書いていこうと思います。

 

それでは今日はこの辺で・・

読んでいただきありがとうございました✴